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ヌ・イーゼン

このファミコンディスクシステムのソフトが発売されたのは、1988年3月、私が購入して遊んだのは1988年5月のことであった。

ユニットの動かし方に癖のあるシミュレーションゲーム。4つの軍から1つを選び、他の3軍を全滅させてマップを制圧すればクリア、というようなルールだったらしい。
マップ上のユニットが敵と接触すると戦闘モードに入るのだが、あらかじめターンのはじめに自軍の行動をすべて決定しておき、敵味方がよーいドンでいっせいに動き出すシステムだったため、しっかりと敵の行動を予測しないと、自軍のユニットがあさっての方向に進み、虚しい空振りを繰り返すという悲惨な結果になる。読みが当たって勝てた時は、なかなかの達成感が得られると思うのだが、当時の私は、結局、1マップもクリアできなかった。
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キャプテン翼

このファミコンソフトが発売されたのは、1988年4月、私が購入して遊んだのも1988年4月のことであった。

アクションゲームばかりだったスポーツをテーマにしたゲームで、当時、珍しくコマンドで命令を入力するシミュレーションタイプのスポーツゲームだった。アクションが苦手だった自分にも出来るかもという期待で、発売と同時に飛びついた。
かなり苦労はしたが、ちゃんと最後まで遊ぶことが出来た。あまりペース配分を考えなかったので、試合後半は「ガッツが足りない」というメッセージに始終悩まされた。

ファミコングランプリ2 3Dホットラリー

このファミコンディスクシステムのソフトが発売されたのは、1988年4月、私が購入して遊んだのも1988年4月のことであった。

ラリーカーで長い道のりを走り、完走したタイムを競うレースゲームである。
ディスクファックスを使って全国大会が催された青いディスクカード最後のゲームだった。
全国大会にスコアを登録した人数は、第1回のゴルフJAPANコースが8万人、次のUSコースが7万7千人、F1レースが6万7千人、この3Dホットラリーのスコア登録者数は2万2千人足らずで、これが最後になってしまったのは残念だが仕方ない気がした。
特にこのゲームは、完走しないとゲームオーバーになり、スコア登録が出来なかったので、他の大会よりも敷居が高かったせいもあるかもしれない。
最終成績を知らせるハガキは、ヨンクでの11時間44分36秒の記録で、参加者2万1869人中9497位だった。

ナゾラーランド 第3号

このファミコンディスクシステムのソフトが発売されたのは、1988年3月、私が購入して遊んだのは1988年4月のことであった。

この後、次の号が出ることはなかったので、これが最終号になったと記憶している。
いくつかのミニゲームの他に、読者のお便りコーナーやドット絵のコンテストがあった。
ドット絵のミスナゾラーコンテストのレベルが、想像以上に高かったのが印象に残っている。陰影のつけ方など、多くのことを学ばせてもらった。
自宅で手軽にダウンロードできるようになり、WiiでMiiコンテストや投票チャンネルを楽しんでいる現在、ナゾラーランドも復刊してくれたらと密かに思う。
プロフィール

せたけむら

Author:せたけむら
ここは、テレビゲームという物が世に出た時、既に充分過ぎるほど大人だったおばさんが、20余年かけて遊んできた数々のゲームについて思い出を綴るページです。

またせたけ村日記は、
http://setakemura.blog.so-net.ne.jp/
にて、出張版を不定期更新しております。

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