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めざせパチプロパチ夫くん

このファミコンソフトが発売されたのは1987年12月。私が購入したのも1987年12月のことであった。

私が買ったゲームリストに載っているパチンコのゲームは、夫用に買ったものであるが、このゲームに関しては、私も遊んだ。釘を見てよく出る台を探し出して、それが当たると夫にも教えてあげたりしていた。
以前に買った「パチコン」と比較しても、こちらはストーリーなどの演出もあり、より楽しめたようである。
残念なことに、夫がパチンコにつぎ込む金額は、変わらなかったが、遊ぶお金が無くなった時の気晴らしぐらいには、なったようである。
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中山美穂のトキメキハイスクール

このファミコンディスクシステムのソフトが発売されたのは1987年12月。私が購入して遊んだのも1987年12月のことであった。

同級生の中山美穂とお話したりデートをしたりという、恋愛アドベンチャーゲーム。
ファミコンを買った1986年からの約8年間で、購入した34本のアドベンチャーゲームの中で、クリアできなかったのは、「シャーロックホームズ伯爵令嬢誘拐事件」と、この「トキメキハイスクール」だけであったため、私にとっては悔しいゲームである。
ゲーム後半に出てくる、セリフとそれを言う時の表情を選ぶあたりで、わけがわからなくなって投げ出したのだと思われる。

ゲームの中で、メッセージが聞ける電話番号が何回か出てくるのだが、実際の電話を使ってメッセージを聞くことに抵抗感が強く、結局一度も電話しなかった。
市外局番で、長距離電話になることがわかったことも、その一因であった。

レースのゲームではないが、青ディスクで販売されていて、クリアデータをお店からディスクファックスで送ると何かあったように記憶している。

銀河の三人

このファミコンソフトが発売されたのは1987年12月。私が購入して遊んだのも1987年12月のことであった。

当時では珍しかった宇宙を舞台にしたRPGである。面白い謎解きが随所にあり、特に月の裏側への行き方を発見した時は嬉しかった。エンディングが衝撃的であったことも、このゲームを強く印象付けた要因になっていると思う。

当時の私は、ロールプレイングゲームと聞けば、中身を問わず飛びつく状態だったので、このゲームも発売日に定価で購入したが、世間的には、あまり売れず、後にワゴンセールや抱き合わせの対象になっていた。
人気のあったPCゲームのリメイクだったり、音楽を手がけたのがYMOの高橋幸宏だったりと、売れる要素はあったと思うのだが、ゲーム内容とパッケージの絵がマッチしていなかったことや、大作RPGの発売が近かったことなどが影響してしまったのかもしれない。
発売から数ヶ月後、ワゴンで見かけて、購入を早まったと後悔したゲームは多々あるが、このゲームに関しては、一切後悔していない。

京都龍の寺殺人事件

このファミコンソフトが発売されたのは1987年12月。私が購入して遊んだのも1987年12月のことであった。

原作者が有名作家であるとか、3部作であるとか、当時、発売前は期待していたのだが、結局、買って遊んだのはこの1作だけだった。
一応楽しんで遊び、クリアしたのだが、手元に置いて繰り返し遊ぶというゲームではなかったので、早々に中古ショップに行ってしまったため、細部の記憶はさだかではない。
ゲームの中で電話番号を調べる部分で躓いたという感想を耳にしたが、普段から104をよく使っていた私には、わりと自然な流れに思えた。
新聞部員だった学生時代、電話帳や104を駆使して取材先を調べたりしていた経験が、思わぬところで役立ったのかもしれない。
プロフィール

せたけむら

Author:せたけむら
ここは、テレビゲームという物が世に出た時、既に充分過ぎるほど大人だったおばさんが、20余年かけて遊んできた数々のゲームについて思い出を綴るページです。

またせたけ村日記は、
http://setakemura.blog.so-net.ne.jp/
にて、出張版を不定期更新しております。

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